常磐線を乗り切り中村城跡を訪ねる

 今年最初の乗り鉄先を常磐線とした。同線は前半の上野駅、いわき駅間は数回往復したことはあるが、その先仙台駅へは未乗車区間。最近全通したと知った。車窓からではあるが震災復興地を確かめて見たい。途中の相馬に中村城跡が遺る。ここも未訪である。仙台駅から上りの電車にした。

 被災駅通過 上野駅発8時46分発に乗り、仙台駅で10時36分発相馬行きに乗車出来た。仙台が近いのではなく、新幹線が速い。常磐線は5両編成でローカル線ではない。岩沼駅迄は東北本線と並行で、ようやく常磐線へ。周囲は水田地帯となる。亘理駅から山下駅、坂元駅を通過。両駅は高架ホームで新しい。被災後の再築が窺われる。左側の水田先が海のようだが近くはなく、津波の大きさを改めて知る。大津波に襲われた名取市閖上地区は直ぐ北か。宮城県から福島県へ入り相馬駅に着いた。
 濠に囲まれた中村城跡 中村城跡情報を得ようとしたがなく、事前の調べで城跡へ向かう。相馬は民謡の盆唄や野馬追を知っているだけ。地図を頼りに市役所先へ歩く。市民会館の前が大きな濠で、石垣はなく近世城跡とは思えない。濠には藻が浮き古池のよう(写真上)。明治まで残った筈だ。濠端から桝形、中の門で右折し、石段を上がり本丸に架かる赤橋を渡る。濠を巡らされた高台で、後ろの二の丸跡は現在野球場。広い本丸跡には建物はなく、中心奥に相馬神社が鎮座。相馬家始祖を祀り、私もご挨拶をした。
 中村城は、相馬利胤が1611(慶長16)年に築城し明治まで相馬藩6万石城主の居城であったという。隣の伊達氏に備え北側の濠は三重にして、現在もその大半は遺っている。本丸だけは鉢巻き石垣造りで、土塁と濠で仕切られている。

 坂を下り、城郭の内で隣の相馬中村神社へ寄る。1643(寛永20)年創建のもので社殿は重文とある。カメラに収めた。外大手一の門は工事中で近付けない。写真を忘れ、唯一の現存建物と知り悔いた。徒歩で相馬駅へ戻る。途中で、呑み鉄用に奥の松を求めた。二本松の地酒である。
 原ノ町からいわきへ 再度常磐線に乗車。原ノ町駅で乗り換え(写真下)、いわき駅へ向かう。浪江駅、富岡駅は被災の中心であったと思うが、復興が進み車窓からでは分からない。新築の駅舎で、緑地が新しく、土山らしきは改造、整備の痕跡だろうか。この辺りの常磐線は海際を走ると思っていたが、そうではない。時々海が見え隠れする程度。そして、いわき駅に着いた。私は常磐線を乗り切って、16時18分発品川行き特急に乗り、帰途に就いた。(2021/7/29 K.K. 1403/1500)

◇日時 2021/7/5 ◇天候 曇り ◇交通費 大人の休日パス7,600円 ◇資料 JTB「時刻表さくいん地図(東北地方)」
「通過時間等」自宅7:40-上野駅8:46-仙台駅10:36-相馬駅11:40=中村城跡12:00/12:30=相馬駅13:41-原ノ町駅14:08-いわき駅16:18-上野駅18:40-三田線巣鴨駅18:55-自宅19:25