宮古から釜石へ被災地をバスで走る

昨日、青森から八戸線、三陸鉄道北リアス線で、午後7時過ぎ岩手の宮古へ入った。本日は、釜石から花巻へ出る予定。釜石から、更に南リアス線で大船渡から気仙沼を回ることも考えたが、迂遠であるほかに過疎ダイアで、難しいと分かった。夕方遅くない時間迄、山形東根の実家に着きたい。

 代行バスで復興の地へ 現在、宮古駅から釜石駅へのJR山田線は未だ不通の儘で代行バスが走り、昨日宮古駅で確かめた。朝、宮古駅前(写真上)でバスを待った。バスは道の駅やまだで乗り換えという。駅は浄土ヶ浜へ出た時利用した筈だが見覚えがない。
宮古市街を出ると右手に単線の鉄路が見え出した。山田線で、心なしか錆びているように見える。津軽石から山田へ入ったようで、途中には工事中の高い防潮堤があり、また反対側には共同住宅が建ち仮設のものか。山田駅前では、駅舎は崩れ流されてない。広場には、臨時に建てた共同店舗がその儘に見える。左手は湾で、市街地と高さに違いはなく、これでは、被害が激しかったのは窺える。湾には、筏が浮かび、牡蛎の養殖は再開しているのだろう。そんな中バスは走り、道の駅に着いて、釜石行きに乗り換える。大槌付近では、広い更地に新しい住宅がポツンポツンと建ち、周囲に庭や花壇はなく砂礫のように見え、復興半ばである。

釜石線に乗車 バスは釜石に着いた。初めての地で、当地方の都会に見える。駅前には、製鉄所の大きな工場が占めている。ラグビーで有名だが、私の若い頃はバスケ部もあったようで、就職した高校の先輩がおられた。駅前で買い物をし、釜石線へ乗車。この線の花巻駅から遠野駅迄は一度乗ったことがある。震災の翌年で、所内旅行先を被災3県とし、買い物をして支援しようというのが事務所の目的で、私も、補助を受け目一杯岩手産品を買ったことを覚えている。
 花巻駅に降り城跡やイギリス海岸へ寄ろうかとも考えていたが、暑くて炎天下歩くのは止め、終点盛岡駅へ出た。車内で、さくらんほ東根駅へ路線検索をしたら、北上線で横手駅へ出て新庄駅から山形新幹線との経路も出た。私は陸羽東線を想定していたが大分時間差がある。乗り換え時間の長短の差で、北上線は初めてであり、飛び付いた。

復興弁当を求め北上線へ 東北新幹線を北上駅に降り、北上線へ乗車。乗り換え時、弁当とカップ酒を求めた。なんと東北復興弁当で(写真下)、6県産の素材を使用した郷土料理品を盛り合わせたもの。山形県の中には、故郷東根の枝豆漬けがあり、実家の近くで私の1年先輩がやっている漬物屋のものとある。北上線は県境では長く山中を走り、秋田へ越して下りに入った。横手駅での奥羽本線への乗り換えもスムーズで、新庄駅で、17時過ぎの山形新幹線に乗れ、実家へ連絡した。        (2018/07/25 K.K. 1197/1200)

□日時 2018/7/1 □天候 晴 □交通費 大人の休日倶楽部パス2 □資料 「三陸鉄道時刻表」2018年3月現在 □歩数等 5,000歩 3km
「通過時間等」宿泊先7:20-JR宮古駅前7:35-道の駅やまだ8:58-JR釜石駅10:11-同盛岡駅13:07-同北上駅13:40-同横手駅15:01-同新庄駅17:12-同さくらんぼ東根駅17:50-実家18:00