登山者の長い列が渋滞した中、最後の道を上り切ると久須志神社や売店の前に飛び出した。山頂だ。未だ頂上を極めた実感はない。お鉢巡りをして、最高峰剣ケ峯を目指す。噴火口がぱっくり口を開けた異様な光景の先、元測候所のある地が最高地点だ。簡単な上りでも辛い。直ぐ息苦しくなって休憩を繰り返す。精進湖や西湖を見下ろしながら坂を上がり、2000年7 月29 日7 時15 分剣ケ峯(3775.6m) に立った。
富士に挑戦 近所の友人Hさんに誘われて富士山に登ることになった。7 月28 日16 時20 分、二人で河口湖口五合目(2,305m)から上り始める。行き交う下山者の疲れ切った姿が気になる。六合目(2,390m)は簡単に通過。月世界を思わせる荒れ地の裾野をゆっくりと上る。富士に挑む一登山者は巨象に取り付いた蟻よりも小さいに違いない。程なく七合目(2,700m)に至り、山小屋の間を通る。もう雲の上だ。小雨模様だが雨具を着ける程ではない。先程来、息が切れて身体が思うように動かない気がする。未だ登山開始後2 時間であるが、既に2,800m を超えて空気が薄くなったからと気付く。本日泊まる山小屋は決めていない。本八合目を目標に、少なくとも八合目最奥の元祖室を目指し、20時まで歩くことにする。結構明るくヘッドランプはザックの中だ。小屋の前を通ると宿泊者が食事を取っているのが見え、本日は混んでいるという。
八合目に宿泊 八合目手前から道は一転してやや険しい溶岩の間を伝う道となるが、危険は感じない。ツアー登山一行と前後になりながら、一歩一歩岩の間を辿る。外人や登山には縁のないような高年婦人グループが目立つ。18時 50分八合目 (3,020m)に到達し3,000m、を超えた。見上げると本八合目の灯りがチラチラしている。二人で、もう一踏ん張りと気合いを入れ直す。しかし、上りがきつくなり休憩が多くなる。 19時30分過ぎに着いた山小屋・元祖室に泊まることにする。二人とも体力、気力も限界だ。この山小屋で3,240mという。既に富士に次ぐ北岳や穂高より上だが、麓の街の灯が意外に近い。
払暁に出発 山小屋で頂上まで 2時間と聞き、7月29日4時 30分過ぎに出発する。ご来光は雲が多く見られないようだ。道は昨日と違い急登が始まる。山頂下を縦に上っている感じだ。本八合目 (3,360m) 、八合五勺は無事通過。天候は悪くはなく、山麓に山中湖、その奥には海岸線が見える。海上の点は三宅などの島々か。登山道では横になっている者や青い顔した子供が目立ち始める。高山病であろう。直登を避けジグザグに作られた急坂は小休止を繰り返ながらこなす外はない。右手に万年雪を見たが九合目の標識がなかなか現れない。地図で確かめると直前に通った鳥居付近が九合目(3,570m) のようだ。頭上に山頂の建物が見え始める。岩だらけで狭い道となって思うように進めず、登山者が数珠繋ぎになる。身体が思うように動かない小生は休みながらの前進は好都合だ。それでも、1 時間40分程で山頂に達した。
お鉢巡り、剣ケ峯 山頂の売店前で朝食後、お鉢巡りを開始する。火口鉢の縁から釜の底を覗きながら、剣ケ峯、浅間大社奥宮、銀明水を通り、谷川連峰や八ヶ岳、甲斐駒を確認しながら一周した。最高峰剣ケ峯では、記念写真を撮り、携帯で家に電話したが圏外で通じなかった。
五合目へ下山 久須志神社に戻り、靴紐を締め、ストックを出して下り始める。富士山の下りは上りとは違うルートを採る。急降下する火山灰の道は滑り易く、転倒する者が多い。いつものように慎重に踵歩きや砂礫でスピードを制御しながら、Hさんを追い懸命に下る。富士を下る道は延々と葛籠折れを繰り返し、下を歩く登山者が列をなして動いているのが覗ける。須走口江戸屋で左折し、緊急避難所、トイレ休憩所で休憩し、六合目の横道に入ると馬と馬子が客待ちしていた。二人も乗せた馬を気の毒に思いながら、昨日上った穴小屋前を素通りし、五合目登山口にゴールイン。予定通り 3時間で約1,500m を一気に下った。二人で富士登頂と無事下山を慶び合った。
追 記 山を歩く者であれば、いや、日本人であれば一度は富士山をとの思いは誰にでもあるだろう。Hさんから話があったとき、思い切って挑戦することにした。富士山は危険な箇所はなく、また高度な登山技術の必要はないようで、ひたすら一歩一歩上ることが重要な根気と忍耐の山のような気がした。幸い天候にも恵まれ、遥か島嶼の展望も楽しむことが出来た。富士は一度登れば二度とは登らないといわれているらしいが、私はその一人となってしまった。(2000/7/28,29 111)

