山形フラワー長井線で荒砥を往復する

 昨年11月フラワー長井線で荒砥駅を目指した。処が今泉駅で乗った列車が荒砥行きではなかった。大分走ってから気付いたが遅かった。そんな訳で、山形県内鉄道で唯一未乗車区間乗り鉄は夢と崩れてしまったが、半年後にリベンジの機会が巡ってきた。友人Sさんに車での山形行きに便乗OKを貰った。

 荒砥行きに乗車 今回は、バスで今泉駅に着いた。時刻表と行き先を確かめ、停車中の列車に乗車(写真上)。定刻となり反対側へ進み列車が川を渡り、車窓から見慣れぬ風景を眺め一安心。赤湯駅から荒砥駅への三セク山形鉄道フラワー長井線は旧国鉄の長井線である。当地置賜地区は私の生家から遠く離れ、米坂線は数回乗ったが、未乗車路線であったが、前回今泉駅から赤湯駅へは乗った。
 無人駅に停車しながら列車は長井駅に停車。当西置賜の中心都市だが、私には初めての地。駅ビルが目立った。次があやめ公園駅で、あやめ園が知られ、車窓から園内を見渡したが時期が早く、花は見えない。駅先の神社境内に、兼続植樹の直江杉があると知るも、林が見えるだけ。1600(慶長5)年上杉家家老直江兼続は、米沢から山形の最上氏を攻め、奥州関ケ原戦と呼ばれた。その時この辺りを進軍して山形へ向けたと推測される。

 白鷹町荒砥 次第に左右に朝日連峰の山々が迫った山峡の地を走り、最上川鉄橋を渡って、列車は荒砥駅へ滑り込んだ。大河最上川も未だ上流で、この辺りではやや広めの普通の河川。荒砥駅は売店や観光案内所もある終着駅(写真中)。戻る列車の発車迄少し時間があり、駅前へ出た。当地は長井市の隣の白鷹町。中心街ではなく、過疎の街のよう。最上川下流の方向は朝日町から大江町で、そして寒河江市だろう。荒砥駅から大江町左沢駅へ繋ぐ計画もあったようである。

 車窓風景は理想郷か 赤湯行きに乗車し今泉駅へ戻る。車窓から往きとは反対側を眺めていたら、その流れる風景は農村景色が続く。広い水田地帯で、その奥の山裾に屋敷森のある農家が点在し、走る車も見えない(写真下)。近代的建造物はなく、昭和も大分初期の眺め、理想郷的だろう。それで思い出した。明治初期来日し東北を旅した英国人旅行作家イザベラ・バートは、越後から米沢街道十三峠を経て当地米沢(置賜)盆地に入り、山野の風景を眺め東洋のアルカディア(理想郷)と呼んだという。私は同じ風景を今眺めているのか。雪を抱く奥の高山は飯豊連峰であろう。
今泉駅に着き、バスで羽前小松駅へ。米坂線一部不通の影響で、本日はバス代行であった。米坂線で米沢駅へ出て、無事リベンジを果たしSさんからの連絡を待った。後日、テレビ放送“呑み鉄本線日本旅”の旅人六角精児がフラワー長井線を推奨していた。(2023/6/17 K.K.1510)

◇日時 2023/5/21 ◇天候 晴 ◇資料 「JR全国マップ」21頁 ◇交通費7660円 ◇歩行距離等 7,000歩 5㎞ 「通過時間等」自宅8:50-JR上野駅10:06-同米沢駅 12:16-山形鉄道今泉駅13:28-同荒砥駅14:05/14:21-JR今泉駅15:28-同米沢駅17:40-自宅21:10