小田急豪徳寺駅から世田谷線沿線を歩く

 小田急電鉄が設定する自然ふれあいの道から豪徳寺駅コースを歩くことにした。首都圏の私鉄各社は、沿線にハイキングコースを設定している。東武鉄道や西武鉄道はガイドブックも販売し、JR東日本も駅からハイキングコースを宣伝している。乗客増加策だろう。
 小田急豪徳寺駅に着き、駅でコースマップを貰った。ネットで検索も出来るが駅で入手出来る。今回は豪徳寺と世田谷城跡が主なポイントだが一度訪ねていている(01.3.24)。地図から近くに世田谷代官屋敷が現存すると知り、是非見学したい。

 世田谷八幡宮から コースガイドに従い、北口へ出て、東急世田谷線踏切を渡りユリの木公園を行く。見覚えのあるような並木だが思い出せない。左折し、小田急線高架下から住宅街になり乗泉寺別院前。境内のクスノキ大木を眺め、カメラに収める。世田谷線沿いに右折し世田谷八幡宮へ参拝。古社で、源義家が後三年の役の帰途立ち寄り、宇佐八幡から分霊し、世田谷城主吉良氏が社殿を再興したとある。力石や土俵もあり、江戸期から奉納相撲が盛んだという。
 豪徳寺、世田谷城跡は再訪 世田谷線を渡り直進すると豪徳寺の参道。松林の下から境内へ。二度目だがここも記憶が薄い。鐘楼や三重の塔を見上げながら本堂前へ。建て替えたようで新しい。軽く詣でて、井伊家の墓地へ。彦根の井伊家は当地にも領地があり、菩提寺とし、二代直孝や十三代直弼はじめ一族の石塔が並んでいる。奥の直弼の墓を確かめた。当寺は招き猫にも縁があり(写真上)、直孝が当寺付近で雨宿りをしていた時猫に招かれ歩いた途端先の場所に落雷があり、救われたとの話しの繋がりで、社務所でも販売していた。
 豪徳寺の直ぐ先が世田谷城跡で、こちらは記憶に一致した。土塁と濠跡が遺る。足利氏重臣吉良氏の治家の代、応永(1394-1428年)頃の築城らしい。その後北條氏の支配下となり小田原征伐で廃城になった。約200年の間当地を支配し、前回歩いた奥沢城を支城とし玉川神社(旧熊野神社)や満願寺も建立していることからも、往時の繁栄振りが窺える。もっと広い城郭の筈で遺構はどの部分か調べたが手許の資料では不明。土塁跡へ上がって手前を半周し城跡を出た

 世田谷代官屋敷は見学不可 最後は、世田谷代官屋敷で、商店街通りを歩き世田谷線を渡り返し、駅前交差点から天祖神社境内を抜けさせて貰うと、代官屋敷前で正門だ(写真下)が、現在工事中で、見学は出来ない。吉良氏の重臣であった大場氏は、世田谷城廃城後当地で帰農していたが、1633(寛永10)年、井伊家に代官に任命されたという。工事中の屋敷を柵越しに覗くと母屋の茅葺きの屋根が見える。世田谷の住宅街にはミスマッチだが屋敷森もあり堂々とし、歴史を感じさせる。なんとかアングルを探し、正門と母屋の屋根に向けシャッター切った。管理人が出て来て、年末のポロ市までは完成し公開すると、パンフを渡してくれた。是非機会を見付け見学したい。礼を言いバス停を探した。(2019/11/02 K.K. 1292/1300)        

◇日時 2019/10/15 ◇天候 曇り ◇資料 小田急電鉄「自然ふれあい歩道コースマップ 豪徳寺駅コース」2014年12月 ◇歩数等 12,000歩 9km 
「通過時間等」自宅13:00-神保町駅13:48-小田急新宿駅14:06-同豪徳寺駅14:25=乗泉寺別院14:40=世田谷八幡宮14:50=豪徳寺15:00=世田谷城跡15:20=世田谷代官屋敷15:35=世田谷区役所口バス停16:00-JR渋谷駅前16:31・・・三田線内幸町駅19:15-自宅20:00