JR両毛線で小山から佐野厄除け大師へ

この時期JR東日本が大人の休日パスを発行していると知った。1月末は繁忙期ではないということだろう。色々行き先を考えゲットした。伊豆急線も含まれ下田爪木崎、仙台先の多賀城跡、そして栃木佐野厄除け大師が候補先。本日、伊豆は天候良くない予報で、佐野行きとした。新幹線も利用可能で、小山駅までは東北新幹線乗車とする。

両毛線佐野駅へ 新幹線は速い。右手に筑波山が見え始めたら小山駅であった。両毛線に乗り換え田園地帯を走る。ローカル線両毛線を知ったのは、高校卒業した年で、中高同級生が群馬大入学のため、駅へ送りに出た際、小山駅で両毛線に乗り換えると聞いた。そんな線があるのかと記憶に残った。途中、車窓左手に三毳山(ミカモヤマ)が見え、カタクリの花を探しに登ったことがあった(11.5.8)。
佐野厄除け大師に参拝 佐野駅に降り、観光案内所で案内図を貰い、厄除け大師へ向かう。市役所前から大通りを渡り市内を行くが、それらしい寺院は見えない。徒歩8分の案内なのに倍位歩いて、ようやく大師へ着く。参拝者は多く、山門から境内へ。門扉に菊の紋章があり、何故と思ったが、家康没後が久能山から日光へ移される途中当寺で一泊し、その縁で佐野東照宮と呼ばれていると知った。本堂前へ進むも(写真上)、私の年齢では厄除けは過ぎ、該当年齢には見当たらないが、家族の健康をお願いした。本堂正面に、田中正造翁の大きな墓があった。彼は佐野出身で、本寺で葬儀が執り行なわれ、現在でも毎年法事が営まれているという。
寺を出て、秋山川へ歩き天明大橋を渡り、岸辺から大通りに架かる橋を渡り返し、商店街となる。高崎付近で中山道と分かれ日光へ通ずる例幣使街道が佐野を貫いている筈で、同街道だろう。江戸期頃からの古い建物の和菓子店舗があり(写真下)、その感を深めた時、銀行前に例幣使街道の案内があった。
再訪佐野城跡 駅へ戻り、裏の城山春日岡の佐野城跡へ。駅構内から直接繋がり、現公園の城跡を巡る。佐野城は、奥にあった山城唐沢山城主の佐野信吉が、関ヶ原戦後の1602(慶長2)年新城として築いたが、佐渡金山奉行であった大久保長安の事件に連座し改易に遭い、僅か12年で廃城にされたという(歴史と旅「日本城郭事典・上」平成6年360頁)。丘上に築かれた連郭式で、三の丸、二の丸、本丸と北出丸と続き、郭間には空堀跡が遺る。唐沢山城跡の帰路以来二度目で(95.10.28)、記憶を呼び起こしながら細長い城跡を往復した。
佐野は、青竹手打ちラーメンでも知られ、70店ものラーメン店が競っているようだ。昼食は駅前でご当地ラーメンを味わった。平打ち麺の薄口醤油味で私の好みに合い、美味であった。両毛線で小山駅に戻り、待ち時間があったがまた新幹線を待った。(2017/02/02 K.K. 1084/1100)

◇日時 2017/1/27 ◇天候 曇り ◇JR東日本大人の休日パス利用 ◇資料 「佐野厄よけ大師案内図」 ◇歩行距離 8km 12,000歩
「通過時間等」自宅10:10-JR上野駅11:14-同小山駅12:05-同佐野駅(昼食)12:35/12:55=佐野厄除け大師13:10=天明大橋13:20=例幣使街道13:35=佐野城跡13:50=JR佐野駅14:19-同小山駅15:32-同上野駅16:18-三田線巣鴨駅16:36-自宅17:05