大宮氷川神社から中山神社へ芝川沿いに歩く

 大宮氷川神社は、今年の初詣の有力先であったが、突然稻毛浅間神社へとなり、今回になった。昨年の正月、東浦和から三氷川神社巡りをして、最後は大宮氷川神社の予定であったが、途中の中山(中氷川)神社を探しあぐね、途中で断念した(18.1.15)。そのリベンジで、未だ小正月だからと出掛けた。

 大宮氷川神社参道 JR京浜東北線埼玉都心駅からスタート。大宮氷川神社の参道が直ぐ先にあり、入口の鳥居下から表参道へ入る(写真上)。長く真っ直ぐな参道が最奥の本殿へと続く。数回歩きいつも思うことだが、車が通り、三ヶ所ほど信号もある参道は他にあるだろうか。そっちこちを歩き神社も巡っているが、当武蔵一宮氷川神社だけのように思う。大宮駅からの道路を、信号を待って渡り進むと、参道には屋台の売店が並び、人出も増え出した。中には、振り袖姿もあり成人式か。本殿前の池に架かる太鼓橋から拝殿前へ出て、参拝。孫達の健康と成長をお願いした。

芝川土手を下る 次は中山神社だが、距離があり初めてのコース。間違わないようにと見沼田んぼを流れる芝川沿いに歩くことにしている。大宮第二公園へと境内を出て、サッカースタジアム、野球場側を通る。現在は近代的な施設だが、私が大宮に住んでいた頃は古い木造スタンド、土の県営球場で、1953年あのミスター長島が高校時代特大ホームランを打った球場であった。紅梅が咲き始めている公園を通り抜け、芝川沿いに下り始める。以前梅観に来て、次の第三公園も歩いたことがある(14.3.9)。

 本日天候良く暖かい中、芝川土手を下り続ける。ジョグや散歩の方もあり、交差しながら行く。遊歩道だが、工事中箇所もあり、時々土手を下り迂回する。川面を覗くと鴨が泳ぎ(写真下)、数羽の白鷺も見える。カメラを向けたら気付かれ飛び立たれてしまった。先に高速道路が見えだし、そろそろ中山神社へ向け、芝川を離れる頃だろう。
 中川橋を過ぎ、化学工場手前で右岸へ渡り、次の橋を渡り返し集落内へ入って、山勘で裏の畑中の農道へ。作業中の地元の方に尋ねると、方向も距離も想定通りのよう。農道から車道へ上がり、産業道路交差点へ出ると見覚えがあった。大宮氷川神社から1時間と読んでいたが、疾うに過ぎている。

 中山神社に参拝 入口から林の中の参道を進み、本殿で手を合わせた。丁度1年ぶりである。この時期でも参拝客はチラホラ。古社故だろうか。裏へ回り、保存中の桃山時代の旧社殿を覗き、社を後にし、バス停を探した。埼玉都心駅まで歩こうとも考えていたが、少し疲れた。昨年と同じ場所で北浦和駅行きのバスに乗車した。(2019/01/31 K.K. 1236/1300)

◇日時 2019/1/14 ◇天候 晴 ◇交通費 810円 ◇資料「見沼たんぼ全域マップ」、佐藤新「見沼田んぼ、三つの氷川様」新ハイキング743号100頁 ◇歩数等 23,000歩 17km 

「通過時間等」自宅8:55-JR板橋駅9:30-同赤羽駅9:44-同埼玉都心駅10:10=大宮氷川神社10:50=見沼代用水西縁橋11:10=芝川11:15=大宮第三公園11:30=中川橋12:20=中山神社12:35=富士見丘バス停12:57-JR北浦和駅13:17-同赤羽駅13:37-三田線神保町駅13:52-自宅14:15

コース採りを間違えた長津田高尾山

 購読誌から長津田高尾山を見付け(新ハイキング誌711号122頁)、その内にとリザーブしていた。我が家からのアクセスや距離も程よく、山頂神社への参拝も兼ねて、今回歩くことにした。ネットで路線検索すると、三田線神保町駅から半蔵門線、田園都市線が最も近く速いようだ。帰り掛けにお会いしようと沿線に住まう先輩Nさんへ連絡したが、ご多忙で時間がないようだ。

 東工大キャンパスへ 最寄り駅は田園都市線すずかけ台駅であり、神保町で乗り換え、長津田駅で乗り継いたが、それでも我が家から約1時間半でスタート。当地はハイキングを含めて始めてで、周囲の景色も私の予想とは大違い。沿線には住宅街が広がりそこに高尾山がポツンとあると地図から見取っていた。処が沿線東側には里山が連なり、山裾が住宅街。駅を出て坂道を上がり田園都市線高架を渡り、国道246号は高架下を抜けた。略図コースとは違い、東工大キャンパスへと進んだ。キャンパス隣の高尾山へ抜け道があるのではと考えた。案内通りでは物足りないと思ったのかもしれない。

 方向違い二度Uターン キャンパスは土手に囲まれた窪地で、奥へ進むも想定した抜け道は見当たらない。土手への獣道があったが直ぐ行き止まり。反対側に校門があると分かり大分校内を歩き、岡部門から校外へ出ると正面が里山で、高尾山かと期待し回り込んだが違っていた。バス通りを行きバス停名を確かめるが目指す名はなく、途中で反対側へ歩いていると気付きUターン。戻った二叉交差点で広い通りを取り、高速道路下を過ぎたがバス停はなく、トンネルが見え出した。スマホで検索すると、また方向を大きく違えているようだ。再び戻り、工事中の方にバス通りを確かめ、二叉交差点の狭い通りへ入る。

 高尾山飯縄神社参拝 山裾のバス停が高尾下で、ようやくコースに乗る。坂道を上がり山裾を回り込み料亭前を過ぎると、”飯縄神社(高尾さま)”標柱があった。そして、畑中の進入路・参道の先に小さな社があった(写真上)。先ずは参拝し、由緒書きを読む。やはり、江戸期にあの高尾山薬王院の飯縄神社より勧請したとある。神仏混淆の時代のことのようだ。丘のトップで、社の裏には、東工大校舎が見える。西側に展望が広がり丹沢連峰で、左手の高峰は大山だろう(写真下)。デジカメを出しシャッターを切った。裾の道路へ戻り、246号を渡って、往きの東工大への通りを横断し、すずかけ台駅に着く。コンビニでサンドイッチを求め、乗車。帰途に荏田城跡も考えていたが、その気力は失せ江田駅をスルーした。長津田高尾山へは辿り着いたが、二度も方向を誤り、やはり、今回も地図読みの甘さが出てしまった。反省である。(2019/01/27 K.K. 1235/1300)

◇日時 2019/1/10 ◇天候 曇り ◇交通費 990円 ◇資料 中村均「長津田高尾山」新ハイキング711号122頁 ◇歩数等 10,000歩 7km 

「通過時間等」自宅9:55-半蔵門線神保町駅10:36-田園都市線すずかけ台駅11:40=東工大岡部門12:00=長津田高尾山飯縄神社12:55=田園都市線すずかけ台駅13:26-三田線神保町駅14:34-自宅15:10

稲毛浅間神社に詣で、旧友と交換する

 2019年の初詣ハイクは、大宮氷川神社から中山神社を考えていた。昨年の正月に歩き残していたからである。年賀状が届き、一変した。体調を崩し療養していた旧友が、回復状況を知らせてくれた。丁度、年末に入手した初詣情報の中に、唯一未訪の稲毛浅間神社を見付けていて、彼は稲毛在住である。携帯で交換し、出掛けることにした。北海道から長女が孫4人連れ来宅しているが、了解してくれた。

 地図で調べると、最寄り駅は京成千葉線京成稲毛駅で、待ち合わせるJR京葉線稲毛海岸駅へは直線で徒歩30分程のよう。私は、神保町駅へ出て、都営新宿線終点本八幡駅で京成線に乗り換え、津田沼駅で京成千葉線にまた乗り換えた。この線は初乗車。JR総武線と並行していたが次第に海岸寄りへ入り、京成稲毛駅に着いた。改札で、稲毛海岸駅へは徒歩20分と教えて貰った。

 稲毛浅間神社で初詣 駅の直ぐ先が浅間神社の裏参道で、松林の中の坂道を上がる。本日は正月も6日だが人出は多く、日曜日の所為か。 表参道正面へ回り、一応手を洗い、石段から本殿前へ進む。先ずは参拝し、孫達の健康等をお願いする。ハイキングバックに手を入れたが小銭はない。最近カード類利用で、特に小銭入れは持たない。神様申し訳ありません。この次埋め合わせさせて下さいと伝えたつもり。当社は、平安期創建の古社だが、安産、子育てに霊験がある神のようだから、待ってもらえるだろう。狭い境内にテントが立ち並んで、おみくじや熊手、破魔矢の販売をしていて、白衣緋袴の巫女さんが目立つ(写真上)。

 裏参道から大通りへ下りて、稲毛海岸駅へ向け歩き出す。大きな十字路を渡ると右手は公園で、左手は団地。約20分と読んでいるが不確かで、待ち合わせ時間が迫ってくる。前方の建物が次第に大きくなり、その中に高架鉄道が見え、京葉線だろう。手前で、いつもの山勘で左へ近道すると、稲毛海岸駅であった。反対側広場へ出て、見覚えがあることに気付き、一度乗降したことがある筈(写真下)。海岸にある花の美術館を訪ねた時である(12.10.27)。帰宅後記録を調べるとコスモス観賞であった。

 稲毛海岸駅で旧友に会う 時間通り、Oさんが見えて、挨拶もそこそこに駅前ビルの蕎麦屋さんへ。新年と健康回復を祝し乾杯。彼は引き締まったようで、リハビリの成果だろう。逆にこちらの体重オーバーを心配されてしまった。孫とのふれあいや、旧友仲間達の情報を交換した。帰り際、歩き足りない私は、近くの神社を尋ねると検見川神社があるが、タクシー利用という。それじゃ次回にしようと、検見川浜駅で彼に別れ、帰路に就いた。Oさん有り難うございました。またお会いしましょう。(2019/01/21 K.K. 1234/1300)

◇日時 2019/1/6 ◇天候 晴 ◇交通費 630円 ◇資料 「JRで初詣」2018年12月 ◇歩数等 9000歩 6km 

「通過時間等」自宅9:55-都営新宿線神保町駅10:38-京成本八幡駅11:19-同津田沼駅11:39-同稲毛駅11:45=稲毛浅間神社11:50=JR稲毛海岸駅12:25/13:27-同南船橋駅13:39-同西船橋駅13:48-都営新宿線本八幡駅14:00-三田線神保町駅14:27-自宅15:10

友人と両毛線から八高線へ乗り鉄を楽しむ

 本年最後は乗り鉄にした。今年から始め、ローカル線の旅を数回経験している。今回は、両毛線を乗り切り、高崎駅で八高線へ乗り換え高麗川駅から川越駅経由で戻るコース。いつも車でお世話になっているSさんを誘ったらオーケーで、同行が決まった。埼京線武蔵浦和駅が起点、終点である。

 駅弁を求め両毛線へ 武蔵浦和駅に集合し、ホームから富士の秀峰を眺めてスタート。大宮駅で宇都宮線に乗り換えた。広い関東平野を走り、右手に筑波山が見え始めて小山駅に着く。高崎行き乗り換え時に、弁当と地酒”雄東”を求めた。乗り鉄の楽しみの一つである。両毛線ホームが離れていて(写真上)、一度利用したことを思い出した。佐野厄除け大師参拝の時(17.1.27)だったろうか。

 4両電車は北関東里山の裾を走った。私は、数回乗ったが乗り切ったことはない。Sさんは初めての乗車という。栃木駅、大平下駅、岩船駅は乗降したことがあり、いずれもハイキングである。佐野駅、足利駅を通過。駅周辺には市街地が広がる。あしかがフラワーパーク駅へは、花友を案内したが藤の花は時期が早かったという苦い思い出がある。

 12時近くなり、2人は弁当を広げ、地酒カップを出した。私は紙コップを持参。Sさん嗜む程度で、大半は遠慮なく私が戴く。足利駅からは初めての乗車区間。桐生は繊維の街、国定はあの忠治の生まれ故郷だろう。伊勢崎駅を過ぎ前橋駅、高崎駅が近いと思ったが、前橋、高崎間に三つもの駅があった。利根川鉄橋を渡る際、右手の高いビルは群馬県庁で、ニューイヤー駅伝のスタート地とSさんへ紹介。この時期2人は、母校のシード確保を願う箱根駅伝の方が気になっている。

 ホームグランド奥武蔵を走る 高崎駅に着く。両毛線は通常2時間強を要するが、私どもは1時間50分。車中Sさん、単線なのに交換待ちが少ないと呟いたが、その所為だろうか。駅通路には、高崎名産の大きな達磨が飾られ(写真中)、正月が直ぐだ。

 高麗川行き八高線は二両の列車で、ローカル線らしい。ネットで調べると、高崎、高麗川間は北線、八王子、高麗川間は南線とあり、今回は未電化の北線乗車。田園地帯を走り、群馬藤岡駅は初めてと思ったが、児玉駅で思い出した。奥武蔵官ノ倉山を越し竹沢駅で飛び乗り高崎駅へ出て猿ヶ京での忘年会へ出たことがあり(94.12.23)、北線は乗り切っていた。寄居駅からは、自称私のホームグランド奥武蔵エリアで、周囲には見覚えがある山が多い。越生駅で、”1000回記念の山はここだったね”(大高取山15.10.25)とSさんが思い出してくれた。高麗川駅で乗り換え時改札を出た。数度利用したが小さな田舎駅は改装されていた(写真下)。同駅から川越行きに、川越駅で新宿行きに乗り換え、武蔵浦和駅に到着し、軽く反省会。Sさん、乗り鉄お付き合い有り難うございました。またお願いします。
(2018/12/31 K.K. 1233/1300)

□日時 2018/12/30 □天候 晴 □交通費 青春18切符4 

「通過時間等」自宅8:15-JR板橋駅8:52-同武蔵浦和駅9:16-同大宮駅9:37-同小山駅11:02-同高崎駅12:50/13:34-同高麗川駅15:26-同川越駅15:52-同武蔵浦和駅16:21/16:55-三田線新板橋駅17:25-自宅17:55 ont-famil

南武線宿河原から長尾の里を歩く

 神奈川のハイキングガイドブックに是非歩きたいコースを見付けた。今春、弟と川崎の枡形山から東高根森林公園を歩いた(18.2.11)が、コースを誤り、肝心の長尾神社、五所塚、等覚院を迂回してしまった。それらが、ガイドブック掲載の川崎長尾の里めぐりコースにそっくり含まれている。弟へ連絡し、同行が決まった。彼とは、夏の那須殺生石(18.8.27)以来である。

 長尾の里は崖上 JR南武線宿河原駅集合とし、私は、三田線で目黒駅からそのまま武蔵小杉駅へ出て、南武線へ乗り換えた。宿河原駅に降りると、いつものように弟が待っていた。

 駅に案内パンフはなく、持参ガイドマップに従い、駅前市街地の広くはない通りを進み川崎市緑化センター前で、川沿いに右折。一羽の鷺がいたが、期待反し弟は興味を示さずカメラは出さない。右往左折を繰り返し、府中街道を渡って、長尾地区へと坂を上がった。途中、マップにある梨畑側を通り間違っていないようだ。

 当地は、南武線と並行し高い崖が続き、多摩川の河岸段丘だろう。前方に寺が見え、妙楽寺で2人で参拝する。あじさい寺とあり、古刹のようだが由緒書きはない。坂を上がり続けると、直ぐ先が長尾神社。広い境内にシンプルな社殿が鎮座し(写真上)、歴史ありそうな神社。また詣でる。

 五所塚、等覚院 次の五所塚へは、マップを見誤り少し歩いてから方向違いに気付き、通り掛かった方に教えて貰い戻ると、神社の直ぐ隣であった。五つの塚があるが遺跡ではなく、民間信仰のものらしい。ベンチで休憩すると弟がザックから私の好物の瓶を出し、重いからと渡してくれた。正月用かと遠慮なく戴いた。弟は、私とは大違いで全くの下戸。

 長尾の里案内板があり、次の等覚院への道順を確かめ、坂を下る。階段は湿り滑らないよう慎重に降りる。立派な山門前へ出て(写真下)、こちらも、つつじ寺と呼ばれる等覚院で、霊場札所の名刹のよう。手を合わせ、僅かな賽銭で家族の健康と成仏をお願いした。一旦大通りへ下り、東名高速高架下を抜け、また高速沿いに坂を上がる。

 終点の駅違い ここら辺りから、前回歩いた東高根森林公園への道と分かり始める。坂上が同公園で、今回は公園前を素通りし緑が丘霊園へ入り、崖上の前回コースを逆に行くが、下り始めてこれが失敗と知る。今回コースの終点は南武線津田山駅の筈だが、鉄道線路が見え始めるも駅の位置が違う。一つ手前の久地駅であった。霊園を直進したが、マップを眺めた弟が、右へ回り込むのが今回のコースと気付いたが遅かった。駅前の小さな商店街で食堂を探し、昼食。久地駅で、弟は登戸駅、私は武蔵小杉駅へと分かれた。帰宅後、私は弟に貰った瓶をザックから出し、台所に保管した。(2019/01/13 K.K. 1232/1300)

□日時 2018/12/27 □天候 晴 □交通費 740円 □歩数等 13,000歩 9km □資料 山本正基「かながわのハイキングコースベスト50 長尾の里めぐり」30頁 

「通過時間等」自宅8:15-JR武蔵小杉駅9:39-同宿河原駅10:00=川崎市緑化センター前10:20=妙楽寺10:30=長尾神社10:40=五所塚11:00=等覚院11:20=東高根森林公園前11:40=緑が丘霊園11:50=JR久地駅(昼食)12:00/12:36-田園都市線武蔵小杉駅12:52-自宅14:10

奥多摩高水山に登る

 12月に入り、今年もハイク友との忘年山歩きの時期になり、メールを交換し奥多摩高水三山に決まった。アクセスも良く手頃な山だが、以前に難渋したことを思い出した。大分前だが二度歩き、御嶽駅への最後の下りで急降下が続く。下りが苦手な上、最近平地歩きのみで心配だが、ゆっくりと時間を掛ければ何とかなるだろうと出掛けた。

 20年振りの高水山 JR立川駅にKさんと待ち合わせ、青梅線軍畑駅に降りた。山間の駅には客も無く、我々だけスタート。広い舗道へ出て山へ向け緩い坂道を歩き、平瀬集落で左折し、二つの寺前を過ぎると登山口であった。前回は20年前(99.10.17)で、先程来記憶にない風景ばかり。堰堤脇の急な石段を過ぎ、いよいよ山道へ入る。沢沿いの小径から山腹のススキ原の道になり、急登で、足が時々止まり、Kさんとは少し開く。いつものことで、彼は振り返り、待ってくれる。肩へと上がり小憩。

 杉林の中を行く。薄暗い林の中はうっすらと記憶にある。そろそろ頂上が近いと思い始めたが、道標は7から8合目だ。坂道から緩やかな道になり、常福院下へ着いた。山頂下の無住職の寺。参拝し、裏へ回り最後の急坂をこなし高水山(759m)であった(写真上)。コースタイム90分の処120分、こんなもんだろう。山頂手前で、奥多摩の山々が見え、高い二山は大岳山と御前山と見当を付けた。

 巻道へ 次の岩茸石山へ向け、山頂を下り鞍部へ出る。葉を落とした雑木林の中で、初冬である(写真下)。山下へ着き、私は最後の下りに備え巻道を採り、若く元気なKさんへ登頂を促したが、彼も私と同じ巻道へ。登山口来、ハイカーには出会わなかったが、なんと上りの外人女性に擦れ違う。既に午後になり、しかも単身で、ビックリ。

 惣岳山へ歩き続けるが、道が荒れているようだ。また山頂下になり、私は巻道だが、Kさんはここでは山頂へ。山頂下を巻いて反対側の真名井天神社へ出て、清水を覗いたが枯れていた。丁度、高齢者グループ一行に次いで、Kさんも山を下りて来て、また一緒に下る。

 何とか下山 いよいよ、最後の下りのコース。休憩中の先行グループを一度は追い抜いたが、直ぐ彼らが先に下り、見えなくなってしまった。木々の間に集落は見えず、交通騒音も聞こえず山は深い。沢井駅への分岐を過ぎると問題の下りであった。急な下りが連続する上に、小刻みに曲がりくね、岩や木の根が露出し、歩き難いこと甚だしい。ストックに縋り、一歩一歩下り、Kさんを追わない。長いと思ったが20分程で下山口へ着き、前にKさんが見えた。

 久しぶりの山歩きだったが、二度も巻道しなんとか歩き切り、Kさんに迷惑を掛けないでホッとした。これ以上の山は難しいだろう。帰途に武蔵浦和駅で、軽く反省会をした。Kさん有り難うございました。(2019/01/10 K.K. 1231/1300)

□日時 2018/12/19 □天候 後晴 □交通費 青春18切符3 □歩数等 28,000歩 20km □資料 山と渓谷社「東京周辺の山 高水三山」22頁 

「通過時間等」自宅8:00-JR巣鴨駅8:33-同新宿駅8:50-同立川駅9:40-同軍畑駅10:35=平瀬登山口11:10=杉林手前肩12:05=常福院12:20=高水山12:30/12:45=岩茸石山下13:10=真名井天神社13:50=御嶽下山口15:20=JR御嶽駅15:47-同西国分寺駅16:57-同武蔵浦和駅17:47-三田線新板橋18:10-自宅18:40

富士山麓を走る御殿場線を乗り切る

 先日、青春18切符を求めた。1ヶ月以内に5回利用可能で、最初に内房線の木更津往復に使用した。次は何処で使用するかと考えていたら、箱根開催忘年会の帰りに、御殿場線を思い付いた。この切符の乗車範囲は、JR東日本だけでなく全JRで、御殿場線はJR東海エリアだ。箱根からは御殿場駅へもあるが、小田原駅へ出ることにした。

 御殿場線沼津駅へ JR小田原駅から熱海行きに乗車。熱海駅で、島田行きが待っていて直ぐ乗り換えた。長い丹那トンネルを抜けると三島駅で、隣が沼津駅であった。久しぶりで、両駅が隣り合っていると気付いた。御殿場線時刻を確かめ、駅周辺をウロウロ。沼津アルプスを歩いて以来(09.5.16)だが、見覚えがない風景ばかり。当地では海産物が名産だろうと、土産と自らの晩酌用の買い物をする。前回入った駅前市場は見当たらなかった。仮設だったかもしれない。駅中店で弁当を求め、御殿場線ホームへ(写真上)。

 富士山は? 電車へ乗る前、富士を確かめると見当たらない。直ぐ前の筈なのにどうしたのだろうと訝りながら車内へ。定刻に沼津駅を発車し、二つ目の駅付近からだろうか、左前方雲の上に富士の頭が姿を現し始めた(写真下)。これから富士山麓で、先程は方向が違っていたと気付き、カメラを出しアングルを探したが、ビルが邪魔し難しい。それでも、強引に2,3度シャッターを切った。出来上がりは運任せである。御殿場線もこの辺りは2度目だが、覚えがない駅名ばかりが過ぎる。

 御殿場駅を越すと山中へ入り、もう富士の姿はない。足柄駅は足柄峠(14.12.30)への下車駅であった。谷峨駅、山北駅は私のハイキングの乗降駅で、最近では河村城跡(16.9.18)や大野山 (16.11.20)を歩いた時である。見覚えのある酒匂川風景があった。山北駅は、丹那トンネルが完成し東海道が直通する迄は、山上り用機関車を増強した機関区のある駅で、鉄道の町であったという。戦前のことで、現在も、その頃の蒸気機関車が展示してある。

 松田駅から国府津駅へ 東山北駅で、高校生が大勢乗り込み混雑したが次の松田駅から順次降りて行った。上りの御殿場線も終盤に掛かり、左に曾我丘陵が見え出した。この辺りは梅林が有名で、丘陵から下りて観梅しこともある。終点国府津駅に近付き、駅前にガラスのウサギ像があるのではと閃いた。箱根駅伝4区を歩いた時(12.12.24)、駅前で小憩し眺めたことがあった。国府津駅に着き改札を出て、違うと気付いた。多分、隣の二宮駅のことだと思う。
 東京駅へと時刻を調べると、現在は宇都宮、高崎ラインもあり約10分間隔。高崎行き快速に乗り、新橋駅に降り三田線内幸町駅へ歩いた。 (2019/01/07 K.K. 1230/1300)

□日時 2018/12/17 □天候 曇り後晴 □交通費 青春18切符2 

「通過時間等」宿泊先8:25-JR小田原駅9:49-同熱海駅10:33-同沼津駅11:10/11:48-同国府津駅13:25/13:42-同新橋駅14:40-三田線内幸町駅14:51-自宅15:30

證誠寺を訪ね木更津を歩く

 また千葉の順番で、木更津に證誠寺を訪ねることにした。以前から手許のガイドブック(大人の遠足BOOK「證誠寺から海浜公園へ」157頁)から注目していた。先週、山形、仙台から帰り、軽い歩きで丁度良いだろう。事前にスマホで路線検索したら、総武線千葉駅経由が、京葉線より近いと分かった。

 證誠寺の狸がお出迎え JR秋葉原駅へ出て、千葉駅で内房線へ乗り換え木更津駅に降りた。駅前案内所で市内マップを貰い證誠寺への道順を尋ねると外へ出てわざわざ、みまち通り入口を案内してくれた。こんなことは初めて。早速證誠寺の狸デザインのアーケードが迎えてくれた。小さな商店街を過ぎて八劔八幡神社。頼朝が寄進した社殿という。石橋山での旗揚げに失敗した頼朝は一時内房安房に逃れたが、その時の縁だろうか。参拝し、寺を目指すも左折地点を誤り、大回りし裏から證誠寺境内へ。

 狸やぽんぽこりんの童謡で、寺名だけは子供の頃から知っていた。古刹だろうが、意外にこぢんまりとした寺。本殿へ参拝し、狸塚へ。昭和9年築造の案内に、後付かと思いながらカメラに収めた。手前に童謡碑があった(写真上)。野口雨情作詞(大正14年)、中山晋平作曲で、全国的に歌われている。現在では市街地の一画で、狸が出現するような地ではないが、江戸から明治の期の頃なら狸も住んでいたのであろう。 境内を巡りながら、私は、子供の頃ラジオから聴いた外人(1955年米人アーサー・キット)の唱う狸林の歌を思い出した。独特のメローディーと歌声が耳に微かに残っている。

 見染めの松、木更津甚句碑 寺から市街中心の大通りへ出て、海方向へ行く。右手に木更津港が見え始め、海岸通りは椰子の並木だが葉の半分は枯葉のよう。当地では寒いのだろう。見染めの松へ立ち寄り案内を読むと、あの与三郎とお富の逢い引きの地だったという。芝居の話しかと思っていたが、木更津が舞台の実話だったのだろうか。市内の寺には与三郎の墓の案内もあるが、私には、春日八郎が唱った”お富さん”だけである。

 直ぐ先が、木更津甚句の碑。この甚句は、当地出身噺家が江戸の高座で披露し広がり、地元へ逆戻りし、唱われたという。芸者二人が踊る像である。先程市内で見番前を通り、今時珍しいと思った。木更津は、江戸との舟運の拠点として発達し当地には商家が多かったようで、その名残なのだろう。この甚句には少し思い出があり、若い頃、宴会で必ず唱う上司がいて、木更津出身でもないのにと思っていたが、少し納得である。

 富士見橋を渡り、潮浜公園で休憩。本日は曇りで、富士山も、対岸の丹沢の山々も曇の陰である。復路には、また市街地にある弁財天社に立ち寄り、みまち通りで各店の狸像を確かめながら(写真下)、駅へ戻った。(2018/12/31 K.K. 1229/1300)

□日時 2018/12/13 □天候 曇り □交通費 青春18切符1 □歩行数等 13,000歩 9km □資料 大人の遠足BOOK「證誠寺から海浜公園へ」るるぶ157頁

「通過時間等」自宅8:25-JR巣鴨駅9:00-同秋葉原駅9:20-同千葉駅10:15-同木更津駅11:05=八劔神社11:10=證誠寺11:20=見染めの松11:40=木更津甚句碑11:45=潮浜公園11:55=弁財天社12:25=JR木更津駅12:59-同千葉駅13:40-三田線水道橋駅14:40-自宅15:20

仙台、塩竃に三社を巡り歩く

 山形行きの最後の日仙台へ出て、大崎八幡宮、塩竃神社、そして榴岡天満宮を巡り参拝しようと故郷東根を後にした。前日、読者で歌人のS先生にお会いし、先日戴いた1200号のお祝いの短歌ふるさとに兄あり友あり読者あり 1300回への首途ことほぐに御礼を申し上げた処、先生も気に入っていると話された。夕方からは同級生6人と小宴を楽しんだ。

 大崎八幡を再訪 山形駅から乗車した仙山線を東北福祉大前駅に降り、目指すは大崎八幡宮である。高校卒業した年案内して貰い、杉並木の参道が記憶にあり、再訪を考えていた。駅前案内板でルートを確かめ、市街地を行き右折し進むと北参道へ着いた。直ぐ社殿。処が工事中で中へ入れず、長床から参拝。 当社は、坂上田村麻呂が宇佐八幡宮から勧請したのが始まりで、大崎氏の遷宮を経て、慶長時代政宗により、当地に社殿が造営され鎮座したとある。市内も西部で仙台空襲を免れ、桃山様式の社殿は遺り国宝という。表参道を往復する。確かに両側に杉並木が揃うが(写真上)、記憶よりは規模が小さいよう。50年以上の前のことで仕方ない。

 芭蕉足跡遺る塩竃 仙台駅へ出て、仙石線に乗り本塩釜駅に下車。こちらは芭蕉の足取りを追う。駅構内観光案内所で資料を入手し、塩竃神社へ。大通りへ出ると、芭蕉、松島へ向け船出地の案内を見る。往時は湾が入り込んでいたとある。”おくのほそ道”石碑に出会う。ほそ道300年を記念したらしい。神社正面下に着き、紅葉が残る中、長い石段を昇る。参拝すると、本殿右に、”文治の神燈”があった(写真中)。奥州藤原氏の奉納で、芭蕉も見たとある。裏坂を下るとモミジ赤の紅葉が美しい。途中に、芭蕉止宿の案内が立っていた。当時芭蕉と曽良が泊まった宿治兵衛があった跡地。当地には、芭蕉の句碑はないようだ。一句も詠まなかったらしい。先程の案内所の薦めで、通り反対側の御釜神社へ詣でる。地名塩竃のルーツになった神釜が安置され、芭蕉も寄ったらしい。駅へ戻る途中に老舗酒造会社があり、浦霞酒造。宮城産銘酒で、時には私も戴くが、塩竃産とは初めて知る。昼も過ぎ、駅前で昼食を取り、塩竃では、やはり海鮮丼である。 

句碑がある榴岡天満宮 仙石線で戻り、仙台駅手前の榴ヶ岡駅に着く。地下駅を出ると方向を失い尋ねて、近くの天満宮を探した。坂道参道を上がり、鳥居下から先ず参拝。広くはない境内を見渡すとぐるりと石碑が林立し、芭蕉句碑が分からない。思い切って社務所へ問うと、境内図を渡してくれた。それで探し当て、あかあかと 日はつれなくも 秋の風と刻んである碑をカメラに収めた(写真下)。予定した仙台在同級生は都合悪く、東北新幹線で帰京した。(2018/12/29 K.K. 1228/1300)

□日時 2018/12/4 □天候 晴 □交通費 15,000円 □歩行数等 17,000歩 12km □資料 「参拝のしおり大崎八幡宮」、塩竃観光物産協会「芭蕉が歩いた塩竃」、「榴岡天満宮縁起」

「通過時間等」実家8:25-JRさくらんぼ東根駅8:55-同山形駅9:45-同東北福祉大前駅11:00=大崎八幡宮11:20/11:35=JR東北福祉大前駅11:58-同仙台駅12:37-同本塩釜駅13:00=塩竃神社13:25=御釜神社13:50=JR本塩釜駅14:30-同榴ヶ岡駅15:00=榴岡天満宮15:10=JR榴ヶ岡駅15:27-同仙台駅15:43-同上野駅17:55-三田線巣鴨駅18:13-自宅18:40

月山を眺め、山寺から天童へ芭蕉を辿る

 山寺境内を下って山の端を過ぎると果樹園地帯になり、正面に真っ白な月山が姿を現した(写真上)。子供の頃に眺めた景色である。月山山麓から奥羽山脈の間に村山平野が広がり、そして眼下の田畑の中に集落が点在する。現在では多くは果樹園で、バイパスが走っているが、当地の風景にそう変わりはないようだ。懐かしくもあり、脚が弾んだ。

 立石寺をスタート 本日は、帰郷を利用し、芭蕉のおくのほそ道を辿ろうと、14時仙山線山寺駅に降りた。立石寺に参拝し、境内を行くと芭蕉と曽良の像が建ち、”閑かさや 岩にしみいる 蝉の声”の句碑があった。蝉塚は寄らないで、天童へと急ぐ。先程、案内所で尋ねると、”車では15分だが歩いては・・・”と首を傾げられたが、私は2時間30分程度と読んで、暗くならない内天童へ入りたい。山寺集落を抜けると、左に立谷川が見え、山の端を過ぎて果樹園地帯になり、延命地蔵堂を確かめ、右手の舗道へ入ると冒頭シーンに出会い、思わずシャッター切った。
 石倉芭蕉句碑 山形市への道を分け天童石倉へ右折する。手前に奥の細道道標が建ち、農家前に小径があったが私道かなと、進入を躊躇した。両側には果樹園が続き、左手には月山を望む。当地は、2,3度バスや車で通ったが不案内で、目指す石倉は初めての地。略図が頼り。先程の奥の細道小径の出口があり、少し悔いた。それでも石倉の芭蕉句碑に到着。一面畑の中に、有名な”まゆはきを 俤にして 紅の花”の句碑があった(写真下)。案内によると、昭和56年加藤楸邨揮毫とある。同句の碑は、我が東根の六田にも建つが、紅花の産地としては当地かもしれない。左手先に舞鶴山が見え始め、天童は意外に近いと思ったが、これが違うと後で気付かされる。

 薄暮の中天童へ急ぐ 天童へ向け畑中の道へ入り石倉地区で、大きな農家が並ぶ。次は干布(ホシヌノ)地区で、学校前を通る。名前だけは知っていた。右の山は舞鶴山ではなく、離れ小山が三つも続いていた。太陽は西の山へ沈み始め、急かされる。原町へ入ったが略図にある一本杉は見当たらない儘、“山形正宗“の水戸部酒造を越す。同社は天童もこの地だった。そして国道18号バイパスを渡るが天童市内は未だ先。薄暮になり始めた。
 市内へと右手へ折れると北目で、また細道の道標があり、石倉句碑前からはほぼ旧山寺街道を歩いたようだ。舞鶴山裾の道を市内中心へと入る。そして終点の旧東村山郡役所前へ出た。二度目の筈だが、改装されたようで美しい建築物遺産。向きが異なると思うが記憶違いだろう。回りの公園に翁塚や句碑を探すが見当たらない。句碑の案内は立つがない。裏の古い石かなと念のためカメラに収めたが、文字はないようだ。暗い中、旧国道を天童駅へ。2時間40分を要し駅で、実家へこれからと電話した。(2018/12/23 K.K. 1227/1300)

□日時 2018/12/2 □天候 晴 □交通費 15,000円 □資料 「天童観光ガイドマップ」「天童に残る旧山寺街道」 □歩行数等 23,000歩 16km 
「通過時間等」自宅9:50-JR上野駅10:50-同仙台駅13:01-同山寺駅14:00=立石寺14:15=石倉句碑15:15=干布15:30=北目16:10=旧東村山郡役所16:25=JR天童駅17:03-同東根駅17:20-実家17:30