昨年末から友人Sさんの車で、アクセスの悪い深山幽谷や辺境の地へ送迎して貰い歩き、そんな記録が二桁になろうとしている。感謝であるが、私が歩いている間はSさんに車の中で到着を待って貰うことになり、忍びない。一緒に城跡や関跡を巡るコースを考えた。彼も史跡巡りは付き合ってくれるだろうと期待した。
雨上がり小峰城櫓見学 車は東北自動車道を走った。本日、午前中は小雨だが午後は上がるとの予報。そのとおり、福島白河へ近付くに連れ小降りになっている。高速を降り、白河市内へと進み小峰城へと向かう。小峰城は、14世紀中頃結城親朝の築城に始まり、江戸時代会津領を経て、初代白河藩主丹羽氏から榊氏、本多氏、松平氏、阿部氏と親藩等が続き、奥州玄関口を固めていた。3度目の私は、JR東北線白河駅裏へと回って貰い、公園駐車場に着いた。傘を指さずに城内へ。前回弟訪ねた時は東日本震災被害に遭い工事中で、入れなかった(14.8.24)。一部工事しているが、天守閣相当の三重櫓は見学可能で、二の丸跡から濠を渡り、高い石垣の間の石段を上がると広い本丸跡で、そして櫓であった。戊辰戦争で焼失したが平成3年復元するも木造三階であるため(写真上)、建築基準法の許可はないらしい。そのためか、入場料もなく、階上へは3人ずつと見学制限がある。Sさんと私は、別々に梯子段を上がり見学。木造櫓内は明るく美しい位。城内周辺も散策し、次の南湖公園へ。
紅葉が残る南湖 白河市内を抜け、東南にある南湖公園へ走って貰う。車は速く、直ぐ湖畔に到着。前回は新白河駅から弟と歩いた。1801(享和元年)年白河藩主松平定信が造ったわが国最古の公園と言われる。大きな池中心に、定信は17の景勝地を選び名を付け大名達が詠んだ和歌や漢書の石碑を配している風流の地でもある。私は、歩き残している北側の湖畔を往復。落ち葉を踏み少し山腹へ上がると紅葉が残り、晩秋の彩りである(写真中)。思わずシャッターを切った。Sさんと昼食後、定信を祀る南湖神社へ参拝し、隣の翠楽園を歩く。典型的な日本式庭園で、瀧と紅葉のコラボは流れに映え美しい。同じく散策中のSさんに追い付いた。
二度目の白河の関 最後は白河の関跡。南湖公園から距離があり、途中から奥州街道だろう。Sさんとナビは正確で、関跡の前へ駐車。私は20数年振りだが、僅かに見覚えのある風景(94.9.14、写真下)。正面から続く参道石段を上がり、白河神社に詣で、関跡を彷徨く。能因法師外の古歌を刻んだ碑を眺め、隣は濠跡、土塁があり中世の館跡のよう。右奥の地に江戸時代の関所があると知り、そちらへ。白河の関は奈良、平安時代の国境の関であったがその後廃され、江戸時代は別に関所が設けられたと知った。そのためか、芭蕉と曾良の像は、江戸期の関所に近い方に建っていた。関所の建物は平屋の番所風で、確かに箱根にある関所の建物に近いように思えた。2人は、一応一回りし、帰途に就く。西の空を見上げると晴れていた。
私は、山中の集落を縫う狭い奥州街道を通り栃木県黒羽へ入って貰った。Sさん、またまた有り難うございました。(2017/12/18 K.K.1151/1200)
◇日時 2017/11/23 ◇天候 小雨、曇り、晴 ◇資料 白河観光協会「歴史のまち白河ガイド・マップ」 ◇歩行距離 8km 11,000歩
「通過時間等」自宅7:55-白河小峰城跡10:25/11:05-南湖公園(昼食)11:15=南湖神社12:15=翠楽園12:30-白河の関跡12:45=江戸時代関所13:15-自宅17:00