おくのほそ道尾花沢、大石田を訪ねる

故郷山形へ帰ることにした。実家に泊まり、友人達と交歓の外、俳聖芭蕉が歩いたおくのほそ道コースを辿りたい。新庄郊外の本合海を予定したが、予報の通りで雨模様。山形新幹線車内で、駅から近い尾花沢と大石田へと急遽変更した。新庄駅手前の大石田駅で、新幹線を下車。傘も雨用コートも持参している。

 鈴木清風、養泉寺 JR大石田駅を出ると小雨模様。折良く尾花沢経由銀山行きのバスがあり乗車し、尾花沢市内へ。養泉寺へと告げバス停を運転手に教えて貰い、中町で降りる。尾花沢は私の生地東根とは離れていて、殆ど未知の街。直ぐ中心街で、鈴木清風邸跡の標識があり、その裏手に芭蕉清風歴史資料館がある。先ずは養泉寺へ。街外れに小さな寺が見付かり、境内には句碑、涼し塚があった(写真上)。尾花沢で詠んだ”涼しさを 我が宿にして ねまる也”と刻んである。
5月17日(陽暦7月12日)堺田の封人の家有路家から山刀伐峠を越して尾花沢へ入り、江戸の句会で交流のあった鈴木清風を訪ね10日間滞在し、その内7日間は当寺に泊まったとある。紅花を扱う豪商清風は多忙のためでもあったらしい。それでも、数回近くの俳人達と句会を催し、先の句を詠んだとある。中心街へ戻り、歴史資料館へ入館。入口に芭蕉像が建つ。二度目で、確か祖父母の法事で帰郷した折、兄に案内して貰った。その時が初めての尾花沢であった。

当地の古い商家を復元し、資料を展示し公開している。清風の年表や、句誌類、手紙類があり、芭蕉の直筆もある。丁度、おくのほそ道330年記念ということで、坂田 燦の版画で巡る「おくのほそ道展」開催中で、バス時間を睨み、一回りした。芭蕉は、清風の勧めで山寺立石寺へ詣でるため尾花沢を後にし、この時東根六田宿を通っている。
 最上川と五月雨の句 バスで大石田駅前へ戻り、芭蕉句碑がある西光寺を目指し、近くを流れる最上川へ向け坂を下る。静かな小さな町で、地図通りに寺は見付かり、境内裏手に句碑はあった(写真中)。”さみだれを あつめてすずし もがミ川”とある。”はやし”で知られているが、当地では、”すずし”であったらしい。直ぐ前が芭蕉も眺めた最上川で、堤上遊歩道を歩く。川幅一杯にし大河はゆっくりと下方へ動いている(写真下)。堤は低く、洪水は大丈夫かと、この地を通る度思ってしまう。堤下に、高野一栄宅跡があり、記念の石碑と案内があった。5月28日山寺から戻った芭蕉は一栄宅に3泊したとある。久し振りの最上川の流れをカメラに収め、駅へ戻った。

 約60年前のことだが、当地で北村山郡中学野球大会があり、我々東根中は初優勝し、夕方優勝旗を掲げ、他の多くの運動部員が見守る中、大石田駅へ凱旋した。駅前では私が旗を持つ番であった。実家での夕食時、そんな思い出話しを兄夫婦と交わし、故郷の初日を過ごした。(2019/07/20 K.K. 1269/1300)

◇日時 2019/6/27 ◇天候 曇り時々小雨 ◇交通費 JR東日本大人の休日倶楽部パス、480円 ◇資料 「芭蕉が旅した山形 山刀伐峠・尾花沢、大石田・最上川」(読売新聞山形版19.5.4/5.8 山形在読者提供) ◇歩数等 10,000歩 7km
「通過時間等」自宅8:00-JR上野駅9:02-同大石田駅12:35-尾花沢中町バス停12:50=養泉寺13:00=芭蕉清風歴史資料館13:10/13:40=尾花沢中町バス停13:50-大石田駅前14:10=西光寺14:25=大橋14:55=JR大石田駅15:33-同さくらんぼ東根駅16:00-実家16:10