都内新宿から中野、世田谷へ歌碑を訪ねる

 先月から遠出が続き、近くに歩く先を探し、都内の歌碑巡りが浮かんだ。先々月銀座や新橋の歌碑を巡ったが、都内には未だ数か所残っている。この際、新宿に二箇所、それに中野や渋谷、世田谷にもある。そして、最後は、“あゝ上野駅”歌碑にしようと思う。

 新宿に歌碑二つ巡る 都営大江戸線東新宿駅をスタート。最初は、藤圭子の“新宿の女”の歌碑がある西向天神で、一度訪ねた社(11.4.28)。東新宿駅から道路へ出て坂を上がり、神社入口へ着き右折し行くと目指す神社。階段を上がり本殿に手を合わせ、境内左奥に白く目立つ歌碑があった(写真上)。
 藤圭子が活躍したのは30年も前だろうか。この歌は彼女のデビュー曲で、その出陣式が当社であったと知る。私は聞いたことがある程度の歌。歌碑をカメラに収め、新宿中心街へ向かう。
 区役所通りから繁華街入口を右に見て、遊歩道らしき小道から大通りを回り込み、歌碑のある花園神社へ。正面入口で見まわしたら、新しそうな白い碑が見え、近づくと藤圭子の“圭子の夢は夜開く”の歌碑。この歌は良く知っている。彼女が無表情で、独特の声と節回しの歌であった。オリジナルは園まりの歌で、その違いを強調しているようでもあった。藤は、本当は陽気で明るい娘であったが、それを否定するような歌姿はプロデューサーの指示と、後に知った。
 “神田川”歌碑は2度目 都営新宿線新宿三丁目駅から乗り新宿駅で、大江戸線へ乗換え中野坂上駅に降り、山手通りへ出る。次は、南こうせつの“神田川”歌碑だが、井の頭公園から神田川を下った時(11.3.25)、偶然出会い2度目。こちらは首尾よく碑のある神田川河畔の公園へ直行できた。記憶とは違い石製ではなく、コンクリート製。山手通りで渋谷駅行きバスに乗車。渋谷区富ヶ谷に降り、地図片手に、舟木一夫の“高校3年生”歌碑の建つ松陰高校を探すが、方向違いのよう。2度尋ねその通りへ入ったが距離がある。目黒と世田谷の区境が目指す高校だか、通り越してしまった。

 “高校3年生”歌碑 以前テレビで、歌手山川豊、田川寿美が同歌碑を訪問したのを見ていて、広い校庭大きな校舎が目に付いていた。その前に、校内へ入り見学が許されるかも気になっていた。ようやく校門に達すると、門は開かれ守衛さんもいない。左手庭に歌碑があり(写真下)、カメラに収めた。テレビでは、歌手二人は高校3年生を唄った。私が高校卒の翌年に出され、大流行した。その年に後輩達が合宿で唄った思い出がある。作詞家丘灯至夫は、新聞記者で当校を取材した時見た校庭でフォークダンスをする高校生の様子のようだ。彼の出身地縁の郡山駅にも歌碑があり寄っている(20.12.7)。小田急東北沢駅が近いと分かり、渋谷からの歌碑は次回にし、そのまま小田急代々木上原駅から地下鉄千代田線に乗り換え帰宅した。松陰高校へは予定以上の時間と距離を歩いてしまった。(2020/11/06K.K.1357/1400)

◇日時 2020/10/16 ◇天候 曇り ◇交通費 330円 ◇歩行距離等 11km 15,000歩 ◇資料 昭文社「東京都市図 新宿37外」「通過時間等」自宅7:50-都営大江戸線春日駅8:32-同東新宿駅8:50=西向天神社9:05=花園神社9:30=都営新宿線新宿三丁目駅9:40-同中野坂上駅10:00=神田川河畔10:15=宮下バス停10:20-富ヶ谷バス停10:50=松陰高校11:40-小田急東北沢駅11:55-千代田線代々木上原駅12:00-三田線大手町駅12:17-自宅13:00