夏の六甲山には苦い思い出がある。やはり関西に出向いた折六甲山に挑んだ。季節が悪かった。時は七月半ば過ぎ、こちらの夏は暑いとは聞いていたが、半端ではなかった。前夜の寝不足も重なって、山頂まで大分残して、リタイアという体たらくをしてしまった。4年前のことである(01/7/20)。
再び六甲山へ 今回も、前日用務を済ませて再び六甲山へ向かった。前回の轍を踏むまいとバスとケーブルカーを利用して山頂を目指すことにした。阪急六甲駅でバスに乗り、下駅から六甲ケーブルに乗り継いだ。しかし、六甲山頂は広く、山頂駅から六甲山の最高峰までは遠く離れていた。ハイキングには持って来いだが、意外にも開けていて、炎天下の舗道歩きが多かった。
ケーブルを下りた先に近畿自然歩道を見付けて、ハイキングコースに入るとゴルフコース。有名な我が国最古のゴルフ場がここであろうか。別荘や企業の山荘も連なっている。我が業界の重鎮O弁護士も確かこちらに居を構えておられている筈だ。広い山中を行くと新池があり、オルゴールミュージアムに出た。ここで道に迷ってしまった。雲ケ岩や心経岩方面を経由しようと別荘地帯に踏み込んだが到達できず、一周しただけだった。
舗道歩きを繰り返して最高峰 先を急ぐことにして、植物園前からショートカットするとみよし観音前で、また近畿自然歩道に会った。山頂縦走路でもあるが、これが現在、観光用舗道に寸断されて、その趣がないばかりか、自動車にも注意を払わなければならない。このようなコースが最高峰まで続くことになる。六甲有馬ロープウェイ山頂駅のある凌雲台を過ぎると一旦山中に入ったが、極楽茶屋跡先からは、一山越す毎に舗道に出て、また山道を上ることを繰り返した。孤高の人・加藤文太郎が六甲山縦走で鍛えた時代とは様変わりであろう。時々見える神戸港が単調な山歩きを慰めてくれた。
次の峰は六甲山だろうという思いを数回経てようやく最高峰(931m)に達した。直ぐ下を車が走っていることには変わりはない。山頂広場で最高地点を確かめ、一軒茶屋に下って、昼食。茶屋では氷滝の写真を見た。当地でも冬は滝が凍ることを知り、驚いた。
魚屋道から有馬温泉 有馬温泉へ通じる魚屋道(トトヤミチ)を下る。歩きやすい山中の一本道が麓へ続いている。名前からして、車がない時代、瀬戸内で獲れて神戸港に上がった魚を、有馬温泉へ運搬するルートだったに違いないと読んだ。後日偶然だがこれが確かめられた。長男に誘われて入った近所のファミレスが‘魚屋道’で、店内にそのような説明がしてあった。
資料には約1時間とあったが、有馬温泉に着いた時は10分超過していた。自分としては普通以上に歩いた筈だが、やはり遅いのだろう。その証拠に3人に追い抜かれた。いずれも小生よりは遙かに若いハイカーではあったが。
温泉では、銀の湯に入浴。太閤秀吉も好んで湯治した有馬温泉は三大名湯の一つだ。六甲山でたっぷりかいた汗を流した。帰路の電車は、新神戸まで長いトンネルを走り、六甲山を地下で抜けた。(05/8/26 128)
追 記 六甲山ケーブルを利用して、広い尾根筋を歩いて、山頂へ至り、有馬温泉へ下った。山頂は広場のようで、
標識があり頂きと確かめられ、4年前の失敗を取り返した。それにしても、六甲山は南から北へ長い峰のようである。単独行で有名な登山家加藤文太郎がアルプス挑戦の前に訓練した山である。
