会津西街道を走り、復興只見線に乗車する

 10月1日只見線が全線繋がり開通したとマスコミで知った。Sさんから行こうとメールが届いた。有難い話で、了解の返信をして12日となった。その頃なら押しかける乗り鉄マニアも落ち着くだろうという。紅葉には早いかもしれない。調べると日に朝昼晩の三往復で、昼の列車に合わせて、8時出発となった。只見線は2011夏の豪雨災害で、只見駅から会津川口駅は不通区間となり、前回はその前後の区間で乗った(18.8.18)。

 車で奥会津へ 車は東北自動車道を走った。私は単純に、郡山、会津若松経由かなと考えていたが、西那須野インターで降りて、塩原温泉街を通り抜け、上三依から会津西街道を福島へ走った。山間ではあるが、鬼怒川からの鐵道野岩線と並行している筈だ。南会津田島から左折して桧枝岐へ向かい、直前で右折し只見町に入った。奥会津の地である。

 只見駅会津川口駅間乗車 駅には、“おかえり只見線”の横断幕もある(写真上)。JR只見駅発14時35分の会津若松行き気動車は、定刻に発車した。平日なのに満席で、私はロングシートに何とか座れた。熟年高齢者が多い、大半はマニアだろう。私もその一人。折しも鉄道開業150周年記念事業と重なり、旅行客が多いのは確かだ。
 今回は、会津川口駅迄乗車し前回のバス代行区間で、合わせて全線乗車を目論んだ。会津塩沢駅付近から只見川が車窓から見え始め、鉄橋がポッキンと折れていたのはこの辺りかなと眺めたが不明で、後にもっと下流と分かった。呑み鉄を始めた方もいて、対面座席である。少し羨ましいが、こちらはその環境ではない。樹木の繁る山間を走るが、紅葉には遠い。只見町や田子倉ダム周囲の山々も色付きは未だであった。

 二両列車は順調に走り、約1時間で会津川口駅に着いた。小出行き下り列車も到着した(写真下)。10分停車で、狭いホームには多くの乗客が乗降した。前回ここから会津若松行きに乗車した駅で見覚えがあり、これで、JR只見線も乗り切ったことになった。Sさんのお陰である。
 只見線乗車前に時間があり、田子倉ダムを往復。1960(昭和35)年ダム・発電所が完成した田子倉発電所の建設用鉄道がその後、1963(昭和38)年国鉄線として会津川口駅から只見駅迄開業したと知る。

 会津西街道 金山町から昭和村、下郷町付近を経て、また南会津町田島へ出て、会津西街道を戻った。会津西街道は思い出がある。西街道大内宿へは会津線湯野上温泉駅から歩いて往復した(07.12.1)。駅舎は茅葺屋根であった。また今市先の西街道杉並木を歩いた(15.8.25)。東武鉄道大桑駅から大谷向駅間で、杉並木内に大名行列が交差した時の待避の道もあった。尾瀬からの帰途、南会津隣の昭和村駒止湿原に寄って貰い満開のニッコーキスゲに出会ったこともあった(09.712)。先ほどその案内標柱を見た。会津田島からは往路を走り、20時前に帰宅出来た。Sさん感謝です。(2022/11/1 K.K. 1478/1500)

◇日時 2021/10/12 ◇天候 曇 ◇交通費 510円 ◇資料 JR只見線利用促進実行委員会「只見-会津川口復興ガイドマップ」平成30年12月 「通過時間等」自宅7:55-只見町12:10-田子倉ダム13:10/13:50-JR只見駅14:35-同会津川口駅15:40-会津田島道の駅17:00-自宅19:45