午前6時前に、港内停泊後大島岡田港へ上陸した。暗いのは明け方の所為だけではなく、雲が低く天候が良くないためでもあるようだ。三原山温泉ホテル行きのバスに乗り、終点から歩くことになった。市街地を出て、樹木に覆われた溶岩台地の密林帯をバスは走った。
大島三原山は50年振り 本日は、ハイク友Kさんの希望で三原山である。私も、候補先の一つであり二つ返事で応じた。大島は初めてではなく、大学1年時体育授業の一環で、三原山に登り砂漠のような火山灰の地を歩いた。50年前1965年のことであった。
前夜22時竹芝桟橋を出航し、夜行の船中泊も椅子席で心配であったが、無事大島岡田港に着いた。雨が降らないように祈るだけだ。2人とも雨具は準備している。
霧の中出発 ホテルで道順を調べ、霧の中を6時30分に出発。中年ハイカー2人が先行した。車道を歩くが早朝のためか車は一台も見掛けない。道端には展望台があるも、展望処か霧が深く視界が10m位。50分で、登山口に着いた。売店等は開店前で無人、一人の男性登山者が休憩所も閉鎖中と教えてくれた。我々も素通りする他なく、登山道に入る。道の両側に溶岩の塊が見え始め、シェルターがある。2人は、その中で立ちながら朝食。
展望ゼロの山頂 風も出始め、帽子が飛ばないようにマフラーで押さえた。登山道は傾斜を増し、一歩一歩確実に上がり続け、最後の急坂を上がり切ると山頂遊歩道。火口を一周するようだ。しかし、天候回復の兆しも無く、濃い霧が立ち込め、海抜700m位の高地だろうが、振り向いても展望はなく、期待の海原は一切見えない。Kさんの主導で、火口一周コースに入るが、直ぐ諦める。中心に見えるはずの肝心の噴火口が分からないのだ。
温泉入浴断られる 私は、少し遊歩道を進み途中から先程の温泉ホテルへ下るコースを提案。霧の中、同じような溶岩地帯で、分岐点を見失うことの無いように、2人で注意しながら歩く。火口遊歩道から温泉ホテルへの分岐は直ぐで、標識を確かめ左折し下った。少し雨が落ちて来て、Kさん傘を出すが、風もあり雨具着用を薦める。私のはレインコート型で、直ぐ羽織れる。一帯黒色の溶岩が転がり林立する地だが、切られた登山道は整備され歩きやすい。2人は軽口を交わしながら順調に下り続けて、また樹林帯となり、躑躅園を通過すると、先程のホテル横へ飛び出した。ロビーを借りて着替え、入浴を申し込むと、朝風呂は終わり入れないとつれない返事。歩きながら清掃中かなとの話しが出だが的中してしまった。
くさやで一杯、出港を待つ バスで岡田港へ出て出港迄の間、あんこ姿の店員から土産を求め、昼食には地元食堂でラーメン。待合室に戻って、地産くさやを肴に酒盛り。清酒に合いKさん持参の紙パック酒が底着くと、ようやく連絡船サルヴィア丸乗船の時間となった。 (2015/03/16,7 70/100)
追記 二度目の大島三原山は、悪天候で火口を往復しだけだったと思う。頂上を踏んだかも記憶にない。三原神社は記憶にあり、無事下山して、くさやで酒を酌み交わしたのは覚えている。