福島に猪苗代城跡、棚倉城跡を訪ねる

 JR東日本大人の休日俱楽部のパス利用期間になり、今回の行く先はほぼ決まっていた。東北中心で、初日は城跡巡りとし猪苗代城跡と磐城棚倉城跡。東北新幹線郡山駅を挟んで、左右に位置するが、一時間程度の距離である。未訪の城跡で、水郡線沿線にある棚倉城跡はアクセスが良くなく路線検索をし、猪苗代城跡を先にした。

 戦国期からの猪苗代城 郡山駅で新幹線から磐越西線に乗り換え、1時間弱で猪苗代城駅に着いた。折よくバスがある。乗客3人のバスは病院を回り市街地中心に入って、亀ヶ城口で下車。徒歩でも駅から30分だがこの時期歩くのは辛い。左手の奥だろうと入ると学校先に緑地帯の高台が見え、稲荷神社の並びが城の入口であった。
 石垣と土塁で桝形の面影があり(写真上)、案内もある。緩い坂を上がり、二の丸跡から本丸跡。現在では何もないが土塁に囲まれた郭跡が遺っている。

 猪苗代城は、戦国期会津黒川城主芦名氏を主家とする一族で、猪苗代氏を名乗っていた盛国が拠っていた。伊達政宗の調略を受け、主家を捨てて政宗の味方となり、1589(天正17)年の摺上原の一戦では激戦の末政宗が勝利し、芦名氏は会津から常陸へ落ちた。その後は会津若松城の支城として、一国一城令下でも例外として存置されたという。会津鶴ヶ城から本城は亀ヶ城というらしい。摺上原は磐梯山の山麓で、当城より西側と知る。
 本丸跡から二の丸跡を出て空堀跡を通って、隣の亀ヶ城稲荷神社に挨拶し、バス停へ戻った。城内に野口英世の像があった。彼は猪苗代の出身で、街中には通った学校跡もあった。

 江戸期築城の棚倉城 郡山駅へ戻り、水郡線で磐城棚倉駅へ向かう。水郡線は2度目で水田、里山、そして山間を進む。約1時間乗車し、磐城棚倉駅。磐城山地の小盆地で、駅前案内で位置を確かめ、街の中心を通り城跡を探す。なんとか現公園に辿り着いて、濠を渡って登城(写真中)。現在も四方内堀に囲まれている。中心は本丸跡で、現在も高い土塁が巡っている。こちらも亀ヶ城とある。当地は常陸から奥州への関門で、1622(寛永元年)年幕府命令で初代藩主5万石の丹羽長重が築城開始し次の内藤氏の時完成した近世の城。天守閣はない。戊辰戦争では、官軍の来襲を受け最後の藩主阿部氏は、城に火を放って壊走したのが知られる。
 土塁上から濠を覗き(写真下)、また濠端を歩き、城の往時を忍んで下城し、時の鐘を眺め秋葉神社に寄り、駅へ戻った。水郡線、新幹線で宿泊先一関へ向かう。棚倉と郡山で呑み鉄用地酒小瓶を求めた。(2022/7/5 K.K. 1460/1500)

◇日時 2022/06/23 ◇天候 曇 ◇交通費 JR東日本大人の休日俱楽部パス+バス代400円 ◇資料秋田書店歴史と旅「日本城郭事典」上95頁、下91頁 ◇歩行距離等 18,000歩 13㎞ 「通過時間等」自宅6:40-JR上野駅7:46-同郡山駅9:15-同猪苗代駅10:15-亀ヶ城口バス停10:25=猪苗代城跡10:35/11:05=亀ヶ城稲荷神社11:10=亀ヶ城口バス停11:25-JR猪苗代駅11:58-同郡山駅13:43-同磐城棚倉駅14:50=棚倉城跡15:05=時の鐘15:40=JR磐城棚倉駅16:21-同郡山駅17:50-同一関駅19:05=宿泊先19:10