そろそろ歩こうとして、予防効果の期間経過を待っていた。それでも遠出は気が乗らず、近場にしようと思う。そんな折、バンフ資料の下から、JR駒込駅周辺の略図が出て来た。大分前駅で貰い、大塚駅周辺は歩いている。ざっと眺め、駒込駅からも歩いている筈と記録と記憶を捲ったが、出て来ない。では歩こうと出掛けた。我が家からは近い。
巣鴨駅から駒込駅へ JR巣鴨駅傍に染井吉野の碑があると掲載され、三田線巣鴨駅を地上へ出て、山手線手前に見付かった。染井吉野の文字と関八州の地図が刻んだ石碑。駒込駅裏にも記念碑があるが、何故だろうと首を傾げた。
駒込駅へ歩く。一駅だが距離はなく10分程度で駅が見え、手前の大国神社に挨拶し、駅前商店街の小路へ入り日枝神社を探す。右手の階段を上がるとジャスト神社。都会風のシンプルな社。コロナ退散をお願いした。
染井吉野桜の里 駒込駅へ戻り、裏の染井吉野記念公園に寄る。ここには立派な記念碑(写真上)があることは知っていた。江戸時代末期当地染井村の植木屋が品種改良した園芸品種で、明治以降全国に広まったとあり、私は駒込が染井吉野発祥のご当地と理解していた。本郷通り・御成街道を少し下ると子育て地蔵尊。孫達の成長をお願いした。この通り2,3度上下しているが、初めての参拝。次の妙義神社の入口の案内を見付け横道へ進入。太田道灌が勝利祈願したというから古社を期待したが、改装顕著な新しい社殿。簡単に手を合わせた。携帯が鳴り先輩から。私の本記録の読者で最近届いていないとのことで、再送を約束した。駒込は文京区と思っていたが豊島区とあり少し驚く。
染井坂を上がり駒込小学校を過ぎると門と蔵のある広場。江戸後期の腕木門で(写真下)、近くにあった津藩藤堂家下屋敷の裏門とある、丹羽家は名主で大きな植木職人であったという。再訪かなと思ったがはっきりしない。
染井稲荷神社へ寄ろうと戻る。首尾よく見付かり、朱の幟の間から参道を進み、手を合わせた。染井通りを歩くと本郷高校がある。そして染井温泉の前。利用したことはない。
染井霊園から西巣鴨へ 十二地蔵は見逃したのか、染井霊園内となる。桜の時期に巡ったことがあるが、久しぶり。有名人の墓石の案内があり、文士が多い。その中で、末弘巌太郎が目に付いた。戦前の東大教授の法学者で、私の書棚にも著作本(「工業所有権法」新法学全集昭和17年)があり最近も学者による最初の解説書と紹介した。霊園を直進し慈眼寺で、芥川龍之介の墓があると知る。出来たら西ヶ原公園へと考えていたが方向違いのよう。住宅街を抜け、山勘通り白山通りへ出て、都電荒川線踏切を越し、三田線西巣鴨駅へ歩いた。帰宅したら先輩から、記録は届いていたと電話があった。(2022/2/21 K.K. 1433/1500)
◇日時 2022/02/12 ◇天候 晴れ ◇資料 JR東日本池袋地区「散歩マップ駒込駅」平成15年 ◇歩行距離等 10,000歩 7㎞ 「通過時間等」自宅10:00-巣鴨駅10:30=染井吉野碑10:35=大国神社10:50=日枝神社10:55=染井吉野桜記念公園11:00=子育て地蔵尊11:05=妙義神社11:15=門と蔵の広場11:25=染井稲荷神社11:30=染井霊園11:40=慈眼寺11:50=都電荒川線踏切12:00=三田線西巣鴨駅12:10=自宅12:35 |