私がこれまで歩いたコースに奥の細道を重ね、芭蕉追っ掛け記を書いて業界紙に掲載して貰っているが、越後路迄来ている。新潟はそれなりに巡り歩き記録はあるが芭蕉の足跡を追ったものは少ない。調べると村上やその近くには、宿泊先跡、句碑のある石船(イワフネ)神社、参拝した乙宝寺がある。この辺りは下越地方と新潟出身の方に聞いた。
タイムリーにバス乗車 新潟駅で羽越線特急に乗り換えた。車窓からは稔りの水田風景が見え、一部では稲刈りが始まっている。村上駅に下車し、案内所に寄ると石船神社行バスは直ぐという。慌ててバス停へ。バスは市内から海側へ走り、瀬波温泉。思い出があり、兄の退職祝に夫婦4人で宿泊し眺めた日本海に沈む夕日は絶景であった。約20年も前のことである。
句碑二つ 石船神社に着く。創祀は648年(大化4)年と伝わる古社で、弥彦神社に次ぐ格という。戻りのバスは10分後で、急ぐ。句碑は二つあり一つは参道左にあり、“花咲きて七日鶴見る麓かな”とある碑。もう一つをと広い境内を駆け足で探す。参拝は遠くから頭だけ下げ許して貰おう。最後に出会い写した石碑(写真上)が、幸いに芭蕉の“文月も六日も常の夜には似ず”と刻んだものであった。直江津で詠んだと思う。岩船は漁港で有名だが、神社前の川にも多くの船が係留してあった。
市内の井筒屋 市内へ戻り、運転手さんに井筒屋最寄りのバス停を教えて貰う。安良町に降り通り先へと進む。村上は未だ城下町の雰囲気が漂う。右手に井筒屋があった。1689(元禄2)年6月28日(陽暦8月13日)から芭蕉と曾良が2泊した久左衛門宅跡で、曾良の伊勢長島時代の知人宅であったという。井筒屋は今では鮭料理店だが、芭蕉泊の案内書きがあり(写真中)、デジカメに収めた。折よく駅へのバスがあり乗る。先ほど案内所で徒歩30分と聞き、大幅短縮できた。
古刹乙宝寺 村上駅で乗った特急を隣の坂町駅に降り、タクシーで乙宝寺へ向っても貰う。広い水田地帯を海側へ走って、松林の中へ入り、門前に降りる。736(天平8)年開山という古刹の静寂な境内はその雰囲気で、人影もなく私一人で寂しい位。芭蕉達は、7月1日(陽暦8月15日)参拝している、私も本殿前で手合わせご挨拶。芭蕉句碑の案内があり(写真下)、確かめシャッターを切った。ここのは丸い石の句碑で、“うらやまし浮世の北の山桜”の句である。山門左の三重塔は江戸時代初期村上城主の寄進で重文とある。またタクシーを利用し、羽越線平木田駅発14時35分の新潟行に乗車。予定より2時間早い。村上でのタイムリーなバス利用が迅速に予定地を回れた。案内所に感謝である。新潟駅で、越後の銘酒吉乃川を求め新幹線へ乗り込んだ。(2021/09/23 K.K. 1410/1500)
◇日時 2021/09/07 ◇天候 晴れ ◇歩行距離等 10,000歩 7㎞ ◇資料「新潟県村上の道路地図」◇交通費 JR東日本大人の休日パス、現地4,460円 「通過時間等」自宅7:20-上野駅8:30-新潟駅10:56-村上駅11:49-石船神社12:10/12:25=井筒屋12:50-村上駅13:19-坂町駅13:40-乙宝寺13:50/14:20-平木田駅14:35-新潟駅15:37-上野駅17:45-巣鴨駅18:06-自宅18:35 |