北海道滞在3日目、孫達の運動会は開催された。前日の雨で順延されたがグランドコンディションは悪くはなく、全校生24人に混じり、小6と小4の孫は、地域の皆さんの応援を受け、元気に走り、踊り、そしてゲームに挑んだ。順調に進行し午前中に終えたが、負けた白組の小6の孫は、今回も悔しがった。私は、皆と応援席で昼食後、帯広駅へ送って貰った。
最東端納沙布岬に立つ 根室泊の翌朝、根室駅前8時20分発バスで納沙布岬へ向かった。もっと早いバスも可能であったが、当地は寒く気温10度。持参した外衣コートでは頼りなく、気温の上昇に期待した。バスは市内を出て、岬の先へ走ると牧草地や原野で、海辺には漁港が見える。自然の儘の知床半島とは違う。昨日車窓から左手先に、羅臼岳の高山と同半島が望めた。
40分程で岬に下車。前方に大海が広がる平地で、土産店もある普通の観光地のよう。返還や望郷の碑が建ち並ぶ中、岬先端へ立ち眺めたが、小島はあるが四島は見えない(写真上)。曇り空の所為かもしれない。四島のかけ橋のアーチをカメラに納め、大回りし灯台へ。高台でもなく、平地にポツンと白い灯台があった。時間があり、納沙布神社へ参拝。コースを間違え、原野草原を漕いでしまった。処が金比羅神社とある。地元の通称なのだろうか。バス時間を睨みながら、北方領土史料館を覗く。四島の歴史や返還運動の資料を一瞥して出ようとしたら、受付で、日本本土最東端訪問証明書を貰った。根室市長発行である。私は、知床半島の方がより東と思っていたが、今回地図で当地が最東端と確かめた。
花咲線を往復 前日帯広駅14時過ぎ発の特急に乗り、釧路駅で根室行きへ乗り換えた。長い根室本線の続きだが、今は、花咲線とも呼ばれている。一両の気動車(写真下)は、直ぐ、森林地帯へ進入し、原生林の中。車窓から鹿が見え、警笛を鳴らし走る。各駅停車を繰り返し前進するが、知らない駅名が続く。唯一厚岸は知っていて、大きな湾内の風景。また原生林が続き、時々湿地帯になり、牧場が見える。浜中駅には霧多布へのバス乗り換え駅とあり、昆布盛付近で、再び海側へ出た。歌手松原健之は、最近の持ち歌”花咲線”で、”根室行きのわずか一両の古ぼけた列車だったよね 最果ての朝が来る岬・・・”と唱う。
夕方遅く、根室駅に降りた。静かな小さな地方都市の感じ。江戸時代から開けた地で、明治期当初には根室県が置かれたという。私は、江戸後期露西亜のラックスマンが大黒屋光太夫の送還に来た港位しか知識がない。夕暮れの中方向を誤り、予約したホテルが分からず、ウロウロしたが、市内の中に見付かった。復路も花咲線だが、快速気動車で釧路へ戻った。 (2018/07/05 K.K. 1191/1200)
□日時 2018/6/10,11 □天候 曇り □交通費 現地分9,140円 □資料 のさっぷ岬マップ □歩行距離 8km 11,000歩
「通過時間等」東士幌小12:40-JR帯広駅14:22-同釧路駅16:17-同根室駅18:50=ホテル19:25 ホテル7:50-根室駅前バス停8:20-納沙布岬9:05=四島のかけ橋9:10=灯台9:30=金比羅神社9:35=北方領土史料館9:40=納沙布岬バス停9:55-JR根室駅11:03-同釧路駅13:40-釧路空港15:10-羽田空港京急駅17:10-三田線三田駅17:44-自宅18:30