今年の秘湯の会は、山形温海温泉に宿泊した翌朝、県境を越えて新潟県村上にある“日本国”という珍名の山(555m)に登った。その名は、地元の資料には、当地まで東征した大和朝廷軍が蝦夷を退け平定してその感慨を込め日本国と呼ばれ始めたという説や、飛鳥時代圧政から逃れた皇子が当山に隠れ住んだことからという説、当山で生け獲った鷹を見た将軍が見事さのあまり、“日本国”と名付けよといった説が紹介されている。
“日本国”という山へ 温海温泉から日本海へ出て海岸線を走り、羽越線府屋駅付近から左折し山へと入った。山中の出羽街道小俣宿に登山口が見付かった。小学校前の駐車場で4人のメンバーは準備を済ませ、山に取り付く。最初からジグザグの急坂。当会は百名山男Hさんも一緒で、彼の教えを思い出しながら、ゆっくりと山道を上がる。直ぐラジウム清水。唯一の水場だが持参した分で足りるだろう。展望のない林の中を一歩、一歩と上がり続け、松ケ峰から沖見休憩所と進む。道も平らになりブナ林が美しい。
沖見は日本海が見える地だろうが靄って視界が利かない。蛇逃峠には、休憩所があって一休み。会長は花を撮りながら殿なのはいつもの通りだ。峠から頂上は距離はなく、鷹待場を過ぎて20分程であった。頂上は広く、展望台や小屋もあるが、我々一行以外人影はない。展望台へ上がったがやはり雲が遮り日本海の展望はゼロ。大休憩して下山開始。
下山コースは急坂 頂上の下で、本日初めて登山者一行と擦れ違う。当山が中部自然歩道コースと知った。蛇逃峠からは蔵王堂コースを採ると上りとは大違い、こちらは急な下りである上、狭く少し荒れている。Hさんと若いSさんが先行し、私と会長はフーフー言いながら、懸命に追う。ストックに縋りながらマイペースで下る。坂が緩んで、左手の木立の間に建物らしきものが見え始めて、下山口は近いと知った。2人の先行者は蔵王堂で待っていた。会長も、私の後に続いて、無事下山。
出羽街道小俣宿 山麓の小さな集落は、越後村上から内陸部を庄内鶴岡へ通じる出羽街道の小俣宿で、出羽三山から村上へ芭蕉も通ったという。戊辰戦争では戦場となり庄内藩に焼き払われたとある。現在も、明治時代の儘という小俣地区を通る。道の両側に木造だが大きな家屋が建ち並び、各宅玄関には屋号の貼り札が出ている。羽越線勝木駅付近のゆり花温泉に入り汗を流し、長い帰途に就いた。会長、今回も長距離運転有り難うございました。(14/6/22 110)
追記 変わった名前の低山で、新潟山形県境の山であったが、日本百低名山である。下山先の小俣は出羽街道の宿場で、芭蕉も奥の細道のコースとしたが、幕末戊辰戦争の際、庄内藩に焼き払われたとあった。古い街並みが遺り、僻地感が漂っていたと思う。もう二度と行くことはないだろう。

